不善なる者もわれまたこれを善とせん(老子四十九章)
「いい人」 「悪い人」 と評価をつける人はいるけれど、しかしいつもその人が
必ずそうだとは限らない。
と、何か矛盾したことを言ってると思われるかもしれませんが、
どういうことかといいますと、
人の中には「いい人」といわれる者と、「わるい人」といわれる者がいるという方がいらっしゃいますが、
誰もがいういい人は、私も「いい人だろう」と認めます。
では、「悪い人」はゼッタイに悪い人で、いい人といわれるひとはいないのでしょうか?
私は「悪い」と言われる人も「いい人」だと信じたいのです。
なぜなら、それは自分の都合であったり、噂であったり、その基準が人によってバラバラだからです。
この世の中の 「是非善悪」 「正しい、間違い」 というものが、
決して絶対のものではないですし、
「いい」とか「悪い」と考えるのは、
川の流れのように、そのときその時代の移り変わりとともに
ドンドンと変わってしまうこともあるということです。
今は良いと思っていることでも、明日には世の中の論調が変わって
「悪い」とい評価されることもあるということです。
過去を振り返ってみると、そんな出来事はたくさんあるのではないでしょうか?
また、国や思想の違いによっても、この判断は変わってしまいます。
爆弾を装備して市民を巻き込むテロリスト達も、祖国では英雄扱いされる。
だから今、我々が思っている「いい」「悪い」も、その基準や思想によってはもしかして違うのかもしれません。
ならば、その考えを持たないようにすればいいのではないんでしょうか!?
「人間、だれも間違っている人はいない。」
「みんなそれぞれの見地から正しいのだと。」
そすうることで、自分にも人にもやさしくなれるのではないでしょうか?




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