チームワークは豊かな心の育成と豊かな生活の実現を応援をします

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伸びていく人は・・・。

「 伸びていく人は、人の手を引っぱる 」
「 落ちていく人は、人の足を引っぱる 」


この言葉、
とても深いし、自分という何かを考えさせられる言葉です。

自分はどっちの側にいるの?
「引っぱる側」 それとも 「引っぱられる側」

そしてその側面は、
「いつもの自分?」、 「これまでの自分?」 
それとも 「いまの自分?」


そう考えてみると、とてもとてもこころに感じるものがあります。

普段こんなことを考えながら、日々の生活を送っているひとは少ないと
思いますが、
時に立ち止まって、いまの自分がどっちの側ににいるのか、
そして、普段どのように人と接し関わっているのかを観てみることも大切なことでしょうね!

ボクは、
「誰かの手を引っぱる側、
    すなわち伸びていくの人の側」でありたい。


あなたは・・・・・? 

What for 何のために・・・。

「What for」 英語を訳すと「何のために・・・。」です。

あなたは何のためにそうするの?
あなたは何を探しているの?
それが見つかればどうなるの?

「Who for」 「誰のために・・・。」

あなたは誰のためにやってるの?
あなたは誰を探してしているの?
それが誰かわかれば、あなたはどうなるの?
その答えはどこのあるの?

それはあなたが探しているものだから、あなたが見つけ出さないと!
その答えは周りに聞いてもありません。

なぜなら、それは本当はあなたの中にあるものだから・・・。

人材援助職の倫理基準

私は今、キャリアカウンセリングの勉強をしていますが、勉強している中で、
「あーなるほど」 「自分もこれまで長年メンタルカウンセラーとコーチの仕事をしていたのに、
今一度倫理(ethics)について再度考え直させられた」と思いましたので、残しておきたいと思います。

以前のブログで、「本物のコーチやカウンセラーを選ぶコツ」についてを書きましたが、今回は
その続編的なもになるのかもしれませんので、プロのコーチや目指している方、また人と関わる
お仕事をされている方にはお勉強になると思います。

それは、「人材援助職の倫理基準」についてというものです。

倫理基準ってなに?

ではその倫理とはなにかといいますと、
大辞泉では「人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。」と
載っていました。

しかしここでいう倫理とは、
専門知識や技術をもつ職の人が、クライアントと関わるときに、注意しておくべきの人間として
規範というもの。
モラルではなく倫理、すなわち自分(たち)専門職同士で律しながら、更に意識を向上させていくものなんですね。

したがって倫理基準を分かりやすく言うと、
人の援助をするようなお仕事をする人で、お医者さんとか、教員・コーチやカウンセラーの人が
仕事をする際に注意すべき考え方とか、クライアントさんとの接し方、かかわり方ですね。

その中でも最も重要なものを3つばかり。

1.自己決定権の尊重
「医療・人間科学領域の原点であるインフォームドコンセント。」
① 自分に関することを自分で決める権利(自己決定権)
② 他者の自分に対する処罰(対応)について知る権利(接近権)
③ 質問されたとき、専門職側の答える義務(還元義務)
最終的にその行き着く先は、「クライアントは全て基本的に、自分のことは自分で決めれる」ということになるのです。

要は、物事の判断の全てはクライアントその人自身が決めることを決めさせることも、人材援助職
の援助と言うことになるのです。
全て自分が選んでいることを教える事が必要であると言うことです。

2.守秘義務
守秘義務とは、クライアントの了承なしに、話(セッション)の内容を他人に漏洩してはならない
という義務。

当たり前と言えば当たり前のことですが、実はそれにも限界があり、人の生死に関わることや、
それを招きかねないと判断されて時は、しかるべき相手に伝えることもあるということですね。
そのことも鹿kリとお伝えすることが重要ですね!
私なんかは公序良俗に関することもお話をしますね! 銀行強盗するのにコーチできないですから!
だから目指す方向や価値観のあわない方は、コーチをお断りするぐらいですからね。^^

3.多重関係の禁止
人材援助職(カウンセラー・コーチ・CDA)は、自分の専門外の仕事や能力を超えた仕事を
してはいけない。
当たり前といえば当たり前なのですが、絶対に自分の持つ能力以上の事はしてはいけない
ということです。

はっきり言ってこの手の仕事の場合、クライアントから心理的に頼られやすいという事が
業務の基本としてあるため、男女である場合は、仕事の領域を超えてしまう可能性があるので
その点も注意するべき点であるといわれています。

要するに我々は
クライアントさんを信じ、その信頼関係から成り立つ話を秘密にし、どこまでもイチサポーターと
して、その人を援助することが仕事であることを、忘れてはいけないということです。

少々うまくいったからといって、それは自分(支援者)の力じゃないし、成功を収めたからといって
喜ぶのは自分よりも、まず真っ先にクライアントであることを忘れてはいけないと思います。

倫理基準=自分への戒めであり、自分の理性と綺麗なこころを保つ、それだと思います。



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親の背中

世間ではよく「子どもは親の背中を見て育つ」といいますが、本当にそうであれば未来はどうなるのでしょうか?

子どもは毎日まいにち、母親か父親の行動と言動を観て何かを学び育ちます。

「なんで○○なのぉ~?」 とか 「これってなにぃ~っ?」って感じでも。

そしていつもパパやママの行動をじ~っと観ています。
そう、観察するように黙って・・・。

一日の会話もそうですし、一日の行動や考え方価値観、口ぐせやしぐさ、表情や態度など。
そのパパとママのやることなすこと全てが、子どもにとっては学びの情報源なのです。

それが、子どもは親の背中を見て育つということ。

そして、当のその親は社会の中で育っています。

仕事は大変! やりたくないことやらされる~! 家のローンのために奴隷のように働く~! も~っ、毎日クタクタ~。。。 誰かにだまされた! 世の中信じられない! 不景気で会社が倒産した~。 あそこの○○さん、こんなことして~。 ニュースではいじめの問題。 戦争。 悲惨な事件などなど。

パパやママたち、そんな社会のなかで生きている姿を、あなたの背中を子どもに見せているんですよ~っ。

社会も親と同じように子どもに影響があるのではないでしょうか!?

社会が歪んでいれば、親の心は歪み、親のこころが歪めば、その子どものこころも歪んでしまうのは当然じゃないでしょうか!?

そんな歪んだ状態の中で、子どもに夢や希望を持て!と胸を張っていえるのでしょうか?

それよりも、社会で奮闘するパパとママには、自分が実現したい夢や希望があるのでしょうか?
もしないとすれば、子どもは親の背中を見て育ちますから・・・・・。

こどもは、社会にもがき苦しみ、嘆き喘いでいる親の姿を見ているのです。

そして子どもは決意するのです。

「夢も希望も持ってはいけないものだ!」と。

なぜなら自分を愛してくれている親が目の前で苦しんでいるからと!

私はそんな循環が社会の中だけではなくて普通の家庭の中で起きていると思うのです。

社会の反映が子どもを現していると想うのです。

私はイマこう思います。
「子どもは、親の鏡であり、社会の鏡」そして、「未来の宝」だと。

私は、そんな状況に早く気付いて欲しいと想い、大人向けと子供向けの「セミナー」や「ワークショップ」を開いているのです。

もっともっと自分を見つめ、自分は何のために生きているのかという自己探求を深め、生きるという本当の意味を知り、その役割を生きがいを持っていくことを引きだしたいのです。

それが横田の言う「学校・・・。若男女問わない、人間としての誰もが人間らしくその人の道を歩く、人生の知恵の学校」です。

感動するほどの教育指針

ちょうど今、キャリアカウンセラー(CDA)の資格取得のための勉強をしている最中なのですが、今日、教育現場における進路指導というところを勉強していまして、その中に感動的な指針が書いてありましたので、これは是非多くの人々に知っていただきたいと想い、ブログに書かせてもらいました。

実際に私も中学・高校と卒業してきましたが、そのような目的のもと学校で勉強していたとは梅雨知れず・・・(笑)

それは、
学校教育の目的と題されたところなんですが、
学校教育の目的と目標という中身です。

学校教育の目標
「教育は、人格の完成を目指し、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期しておこなわなければならない」とありました。

まさに、感動的な内容だと思いませんか?
是非、教育の目的はこうでありたいと心底思いました。

また、こんなことも書いてあります。
それは学校教育の中でも、中学と高校とでは目標が違うのです。(当たり前ですが・・・^^;)

まず、
中学校教育の目標(学校教育法第36条)
●社会に必要な職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと。
●学校内外における社会的活動を促進し、その感情を正しく導き、公正な判断力を養うこと。


と、書いてありました。

また、高等学校教育の目標
●社会において果たさなければならない使命の自覚に基づき、個性に応じて将来の進路を決定させ、一般的な教養を高め、専門的な技能を習熟させること。
●社会について、広く深く理解と健全な判断力を養い、個性の確立を勤めること。


と、書いてありました。

法律みたいな文章ですが、内容はきわめて清らかで崇高な内容だと思いました。

自分が学生時代にこの内容を知っていて、自分の目的として学校教育を受けていたら、全然違う結果になっていたのかもしれないと思うと、顔がにやけてしまいますけどね!^ ^;

あともうひとつ、このことは伝えておきたいことです。

それは進路指導の先生が、生徒の進路に関わるときの中核がこれです。
① 生徒の自主的な将来の進路の選択と計画に必要な能力の育成
② その後の生活によりよく適応し進歩するのに必要な能力の伸長
③ 教員の組織的・継続的な指導・援助


本当にこれが実行され学生もしっかりと受け止めたならば、学卒ニート・フリーター・就職浪人が減るでしょうね。
いえっ、進路指導の先生がやっていないといっているのではありません。

やはり思うのですが、いくらガミガミ言ったところで、本人がやる気や本気がなければ、結果はいいものが生まれて来ないことは周知の事実です。

要は、いくら素晴らしい指針や理念を掲げても、それを受け止める本人がやる気がなければ、「馬の耳に念仏」「のれんに腕越し」ということですね!

教職員の皆様、本当にご苦労様です。
そして、未来のためますます頑張ってください!


我々も我々ができることをしながら、少しでもいい社会になるように進めていきますので!

本物のコーチやカウンセラーを選ぶコツ

コーチングというコミュニケーションの技術は、
1990年代にアメリカより入ってきたもので、基はNLP(神経言語プログラミング)や心理学、行動科学という学問で、コーチングはその中でも人の能力を開発・育成し、すぐさま成果につなげることができるとし、その部分をチョイスしてプログラム化されたものだと聞いています。

まさにスポーツの選手やオリンピックの選手を育てるように、いち人間も日常で成果を出すことができるように生み出されたプログラムなのです。

十数年たった現在では、このコーチングのスキルを身につけて、企業の中で活用されたり、プロとしてデビューして生計を立てている人も多く出てきていると思います。

勿論、私もその中の一人ですが、
私はこのような対人援助職につく人には大切にして欲しいものがあります。

それは、人間性です。

我々のような仕事は、確かにスキルを学び、プログラムを受け、技法や知識を身につける事は大切ですが、何より大切な事は、扱うテーマが人の人生であったり、人の仕事への成果や日常的なことであったりと、人生の大きな影響をおよぼすものなのです。

したがって、自分優先の仕事であってはなりません。

クライアントさんと利害関係で結ばれてはなりません。
クライアントさんをコントロールしてはいけません。

そのような倫理的な基盤を持ってしっかりとクライアントさんを支援するこが最優先事項です。

従って、コーチ(カウンセラー)という職の人はまず、自らの人間性を磨き、知識と技術も必要ですが、人間としての知恵と人間性を磨き養うことを忘れてはならないと思います。

私は思います。

クライアントさんはフィーを払って自己の成長のため、成果を生むために取り組んでおられるので、学習することでいつかは自分の考えと行動力で自立する日が来ることがあり、それが本来のコーチングの成果だと私は思うのです。

だから、クライアントさんは卒業する日が必ず来ると思いますし、逆に言うと、卒業させてあげれるコーチこそ、本物の力のある素晴らしいコーチだと私は思います。


ここで、もし長年連れ添ったクライアントさんを卒業させてあげれないコーチがいるのあらば、そこには何がそうさせているか、自問自答して考えねばならないと思います。

我々の対人援助職は商売ではありません
コーチも成果を出してプロなんです。 ゴールへ届けてプロなんです。

たしかにフィーをいただく以上、ビジネスという表現にはなりますが、自分の収入が減るからとか、辞めてもらうと困るからとか、自分が生活できなくなるとかはクライアントさんにとってまったく関係のないことで、コーチは決して自分の側で物事を判断してはいけないということです。

タクシーだって、乗って行き先を伝えて、運転手の都合でだまって遠回りされたら、自分が客ならクレームをつけるでしょ。
それとおんなじだということ。。。


最近、時々風の噂で聞こえてくる話ですが、

2年も同じコーチとセッションしていて、辞めるといったら「あなたは一人ではないもできないわよ!」って言われたとか、「コーチがいないと大変なことになる」とか、「違うプログラムをやりましょう」などと、脅迫めいた脅しや、継続させるための策を生み出して、コーチングを辞めさせないようにするコーチもいると聞きました。

同じコーチとして恥ずかしいというか、情けないというか。 Cry

そんな人がコーチングの価値や信用を下げてしまっているんですよね!

とりもなおさず、人間性が低いというか、倫理やモラルがないというか、そのようなお金儲けを主体にしている方もおられるので、今後コーチングを受けてみようかなとお考えの方は、しっかりとコーチの人間性を見極めてからコーチングをスタートすることをオススメします。

できれば必ず無料セッションをするなどして、その人の人間性や価値観や考え方をしっかり確認して、「この人とならうまくやれるかも!」と思う意外は、契約しない方が良いと思います。

例え小さなことでも、気になることや少しの曇りでも感じられたら、決してコーチング契約をなさらないことをお勧めいたします。

本物のコーチを見極めることが、あなたの人生に左右することになりますから!
また、相性というのもありますので、価値観や相性が合わないのにコーチングを進めていくと、結果とんでもない方向へ行きかねませんから!

世の中、お金だけではありません。またそういう時代でもなくなってきました。

心の豊かさと人間らしさが問われる時代。あなたも同じ時代に生きている人間として、しっかりと自分n信念と自立心を持って、着実に前を向いて歩いてゆきましょう!

そしてコーチの皆さま、
プロでもアマチュアでも、技術や知識を身につけたからこそ、自己の研鑽と成長を止めないように、人間性を磨きながら心が通う豊かな社会にみんなの力でしていきましょうね

北京オリンピックからの学び (Ⅰ)

谷亮子さんの銅メダルのお話を朝のワイドショーでしていました。

実際の試合では今回は銅メダルでしたが、ボクは金メダル以上だと思いましたね!

なぜなら、今回は1児の母として子育てをしながらのオリンピックですよ!

しかも、子どもさんには母乳で育てながらですよっ!!

普通、出産されたお母さんというのは、子どもに対する母性愛が一杯になって、
勝負をするというような闘争心などは涌いてこないでしょう。

そんな最中に今回の北京オリンピックで「ママでも金」を目指して、頑張った谷選手は
結果として銅でしたが、すごい!っとしか言いようがないと思うのです。

よく、「女は弱し、母強し」といいますが、その諺は関係ないようですね。。。^^

「自分の夢を叶える」ために行動する人は、なんでもできるし、するんですね。
そして、日本国民の夢も一緒に担いで!

なんと、6億分の3番ですよ!

「夢」って、すごいチカラがあることを実感させてくださいました。

谷選手!
あなたのメダルは、多くの人に夢と希望のチカラを教えてくれたので、私には

夢と希望と愛の
スーパーゴールドメダルに見えました。
 ^0^/

7年ぶりにやってみました。

いやぁ~。。。 実は今日7年ぶりにサーフィンに行って来ました~。

じつは私は中3からサーフィンをやってたんですねぇ~。 こう見えても、昔はカッコイイサファーだったんですね~!!! しかも、嬉しいことに一番下の娘(高一)と一緒に。

始めは娘がしたいといったので、海水浴気分で波と戯れていましたが、3時が過ぎたころから、波のサイズがドンドン上がってきて、波乗りご存知の方ならお分かりいただけると思いますが、腰・胸。セットで方ぐらいのサイズに!

始めは、娘のレッスンで手取り足取りでしたあ、サイズが上がった手きたことろには、娘も体力がついて来れなくて、ついにやっぱり私が思わず燃えてしまいましたねぁ~。^ ^

でもしかし、7年という年月は・・・・・。

30分でギブアップでした~。
今日思ったことは、若いうちは人がしないことや、何かに挑戦する姿の自分を誇らしく思いたかったような気が・・・。
コッカイイ男とはとは、そんな無茶なぁ~。 なんてことに美徳を感じてたんでしょうね。
歳をとると人間丸くなるというか、優しくなるというか、 思わず娘に言ったことは

今度は荒々しい波乗りじゃなくて、ソフトな感じのボディーボードにしよう!って ^ ^ ;



これがうちの二女の真実です。


いい感じでしょっ! でも、足がジャマだって!?


あーもーー、お疲れ~っ。。。
とま、あこんな感じでした ^0^

いよいよ!夏だ!サザンだ! 30周年コンサートだ!

わたくしごとで申し訳ありませんが、私はじつはサザンオールスターズの大ファンなのです。

今年で30周年ですが、今年を機に無期限でサザンとしての活動を中止するって~っ(泣)

そこで、8月のコンサートはチケットもゲットできたので、名残惜しみながら横浜へ行かせていただきます。

やppろ、さよならコンサートっぽくなるのかなぁ~?

 

そこで、新欲が発表されましたねぇ~。
I AM SINGER
http://jp.youtube.com/watch?v=f1ORujdShcY&feature=related

カバー曲に化粧品のCMの「OH! SUMMER QUEEN」
http://jp.youtube.com/watch?v=4egtQRVxu-c&feature=related

の発売。

さぁ~っ、シングル買いに行かなくちゃ~。。。

「ロハス」って知ってます?

ちなみにLOHASとは (LOHAS= (Lifestyles of Health and Sustainability )
健康と環境に配慮したライフスタイル”を意味し、世界最大の資源消費国であるアメリカで、LOHASの概念は生まれました。

使い捨て文化を謳歌し てきたアメリカですが、今やそのLOHASコンシューマは成人人口の3割、市場規模は30兆円とも言われます。

もちろん、これからの日本でも、LOHAS というライフスタイルがより一般的になっていくことは間違いありません。

アメリカのLOHAS的商品の中にはスピリチュアル関連のセミナーや本なども含まれています。
また最近日本でもブームの「ヨガ」がオシャレなファッションとしてPUMAの「nuala」ではスピリチュアルフィットネスをコンセプトにしています。
音楽シーンでも LOHASとは「健康や次の世代の幸せを意識する」というコンセプトのフューチャーも出はじめています。 

ということで、
自然と環境に優しく配慮しながら健康的な生活を おくる循環型社会を目指す こと、つまり「地 球 環 境 と の 共 生 」をした生き方をしていくことですね。

 簡単なことではなさそうに思いがちですが、まずは自分ができる事からはじめてい九事からではないでしょうか。

「自立」と「自律」

人間が成長する過程において一番重要な事は、この「じりつ」だと思うんですよねぇ~。
しかも、大事にしたいのはその字の持つ意味。

私が使いたい方の「じりつ」はこっちの「自律」

自律とは、自分が立つ自立じゃなくって、 自分をコントロールできることが重要だと思うんですよね。
人間はもともと2足歩行ができる動物で、本来持つ本能がきちんと機能すれば、ある年齢になれば誰もが2足歩行をするようになると思うんですよね。

だから、人はみんな自立は本能でできるようになると思っているんですよね。

だから、私はもう一段階人間らしくなること、要は、 両足で立った足にスキーを履いて、
自分の意思で


「進んで、曲がって、止まること。」

 これが自分でできることが自律だと思うんですよね!

自分で自分をコントロールできるようになること。

誰かの意見で自分の信念を曲げてしまったり、自分が決めたことを問題発生で辞めてしまったりするのは、大人だから2本の足で歩いているので自立してるとは思いますが、人間的には「自律」できてないことになりますよね!

ちょっと辛口の話かもしれませんが、「自分に甘く生きる」のも人生。

自分で自分をしっかりと律して生きるのも人生。

因果応報の法則でいくと、未来はどういう結果になるのかは、実は今の自分が決めているということですね!

あなたはどちらの「じりつ」を選びますか?

そして、
スキーのように自分の意思と行動をコントロールできるようになるためには、今の自分がどんな人なのか、今どこいるのか?そしてどこに行きたいのか、またはどうなりたくないのか?をしっかりと知ることが必要なのにね・・・・。

キャリアカウンセラーのスクーリングにて

現在、横田はCDA(キャリア・デベロップメント・アドバイザー)キャリアカウンセラー
の資格を取るためにスクーリングに参加していています。

その理由は、関わられていただいたクライアントさんに本当に自分に合った仕事に
ついていただくことを支援したいからなのです。

 


現在のチームワークのお仕事は、「天職発見!ワークショップ」を受けてもらって、
クライアントさん自身が自分らしく生きるために、まず自分探しをしてワークショップで
見つけ出してもらい、そして、コーチングによって自分に合った仕事に就くことをコーチング
で更に引き出しながらサポートするところまではできているんです。

そして現にこれまで、数多くのクライアントさんにお仕事の中で大きな成果を
上げておげる方をたくさん関わらせていただいてきました。

そこで今回、さらに支援サポートのサービスを充実させて、本当に仕事を紹介
するところまでを完結させたいとの思いCDAの資格を取得しょうとしているのです。

本当に自分がやりたいことを仕事にしてもらう、「自分のやりたい仕事に就く=天職に就く」
ということを実現させたいとの思いから、新たな分野の勉強を始めたのです。

できれば近い将来、わが社で人材派遣ができるようになるまでになりたいとも思っています。

そこでなんですが、今回スクーリングに参加しての学んだこと、気づいたこと、驚いたこと。
また、有益な情報、やお得なことなど、今後そのような情報をこのコラムでシェアしていき
たいと思っています。

まず今回のシェアお一つ目は、

意外な事です。
それは、 「キャリアカウンセラー」という職業なので、女性の受講者が多いと思っていた
のですが、実際は22人中男性が16人女性6人と3分の2以上が男性で、しかも恐らく
男性参加者の平均年齢は50歳ぐらいだと思われます。

現場をリタイヤされた方、企業の人事課の方がほとんどだったのが印象的でした。
女性よりも男性が多かったのはホント意外でしたね。。。

「将来に夢やロマンを追いかける男性の方が、実は現実的だったりして・・・。」なんて
思いました。。。

第二の人生を自分経験を通して何とかしたいと思っているような方、団塊の世代の方
向けの就職支援をしたいという方が多かったように感じます。

勿論人材派遣会社系の方は3名ほどおられましたが、私のような自営業の存在は
誰もいなかったのが以外でした。 みなさん、対人スキルの重要性を思い知って
こられている方ばかりでした。

中でも、学生の就職課の方やハローワークの職員の方など、実務のなかでの
キャリアカウンセラーの重要性を語っておられたのが印象的でした。

それはどういうことだというと、
「みんな簡単に仕事を決めすぎ」  そして「簡単に仕事を辞めすぎ」
「自分勝手のことばかりいいすぎ」 「中高年になって働き口があるとでもおもってるの」
「新しい会社に行って、同じ給料がもらえると思っているのは、甘すぎ~」
「考えないでの行動だからの結果後悔をしている人が多すぎ」 など、
実際にハローワークに来る人はこんな方ばかりで、正直困りますって言われてました。

 わたしもこれまでの自分のキャリアを通しても、またライフスタイルプロデューサーと
しても、これまで関わってきたクライアントをみても、まさに同感ですね。

そこで、これだけは重要なことなので、また、私もなるほどと思わせられた事実を
ご紹介しておきますと、

「学生は新卒で就職をしないと、いざ就職する時は不利である」

と、企業の人事関係者が異口同音にいわれてました。

「下手すれば生涯年収が10分の一になることもある」といわれていました。

ニート、フリーターの経験を持ってしまうと、それだけで
「本人の考えが甘い」「親のしつけが甘い」「意欲がない」「ハングリー精神がない」など

企業の人事担当者に不利なイメージを与えてしまい、いざ就職を希望して途中採用の
就職を希望しても、働いた事のある人材を優先し、学卒新卒で就職経験のない者は
書類選考跳ねられて、ほぼ脱落だそうです。

これは、気をつけないと以外に知らないことかもしれません。

なってからではあとの祭りなので、この年毎の子供さんを持つ親御さん、
またその本人の方は、「そんなの大丈夫!」だなんて、簡単に思っていると
大損知るので気をつけられたほうがいいですよ!

正直、マジで実模写がそういわれているのですから・・・。
私自身、そのようなサラリーマンから離れて12年になりますが、このような企業の
採用基準や選考の実情を聞くと、久しぶりに見の引き締まる思いと、現実サラリーマン
社会はかなり厳しいものがあるものだと改めて感じさせられました。

就職というテーアは、人生において大きなポイントとなることがいいので、なおさら
自分でしっかりと見極めて進めていくとこの大切さを感じさせらた一日でした。


どうか、この情報が誰のかのお役に立ちますようにと願いつつ・・・。
そして、一人でも多くの人が輝きながらイキイキと生活できますように!

出会いと別れ・・・。

ふっと思ったことなんですが、

人生生きる中で多くの人々と出会ってきますが、ふっと立ち止まって自分の周りをよく観てみると、ほんの少数の人との関係しか残っていないと思いませんか?

そこでっ、みんなどこに行ってしまったんだろう? その人との関係はどうなってしまったんだろう?
と考えたとき、
印象深く頭に中に出てくる人といのは、自分にとって関わりが深かった人か、仕事やプライベートで、何か大きな影響のあった人しか出てこないと思うのです。

仕事上の利害関係や信頼していた上司のような関係もあれば、人間的な付き合いの方。
また偶然にも価値観がおんなじような人で共感性の合った人。 職業や目指す仕事が同じだった人。
夢や志が似ている人。

結構、その時々の自分にとって重要だった人ばかりだと思います。



では何故、そのような深い関わりに人たちと疎遠になったのか、その縁は何故切れてしまったのかと考えてみると、
特に印象深い人との別れや縁切れには、何か物事に対しての意見の対立や、考えの対立、価値観の対立が原因にあったように思うのです。 みなさんはいかがでしょう。

そう、
どちらが正しくて、どちらが間違っているかを争うようなものがあったのではないでしょうか。

今こうしていじっくり考えてみると、切れていく人はみな自分が正しいといって離れていかれたことが多かったと思いますし、
その人に対して自分のあり方や姿勢が、「私が正しい」といっていたのでは?と思うのです。

お互いが対立しているのだから、相手にとってはコチラが間違っていることになりますし、コチラにとっては相手は間違っているということになるのですよね。

もしかすると、人は人生のなかで無意識の中で「正義感」という目に見えない何かに振り回されていたのかもしれませんね。

社会正義だとか、物事の正邪だとか。無意識のうちに、そんな判断基準を設けてしまって、いつも人が正しくあることを証明したいのかもしれません。


人は得てして、何かと戦うというファイティングな人生をおくっているように思います。
人は追い込まれると、「戦う」か「逃げる」かぢトラ蚊の行動に出るといわれますが、まさに戦うほうを選んでいるのでしょうね。
特に思春期のころというのはは、
親に向かって。 学校に向かって! 大人に向かって!つっぱってとがっていますね。
会社に就職しては、
物事に挑戦する自分にむかって!嫌いな上司に向かって!社長に対して! 理不尽な会社に向かって。
世の中に対しては、地域に向かって、団体に向かって!政治に向かって 国家に向かって。

それが正義だと思っていたのでしょう。  

そのファイティングが物事を正せるとでも思っていたのでしょう。

でも、いまふっと思うのは、それを振り回すと、人は離れていくことがあるという結果です。

いくら自分が正しくても、いくら正義であったとしても、常に相手のあることなので、それは全て自分が思うことであって、相手はそうは思っていないのだということです。

とてもシンプルな考えなんですが・・・。

ディア マイ フレンド

寂しいことですが、先日、長く連れ添った友人との別れがありました。

出会い、そして別れ、人生にはつきものですが、別れはやはり寂しいもの。

別れはいつもハッピーエンドがいいですね。

そこで、今の私の心に沁みた歌を送ります。 

「Dear My Friend 」 桑田佳祐さんの新曲です。

この唄届くかな? 僕の友だちにも・・・。


よかったら、歌を聴きながら歌詞をじっくり噛みしめてみてください。

とってもいい歌です。

 「Dear My Friend 」  桑田佳祐  (← クリックしたらYouTubeで聴けます)

Just take it easy
淋しげな dear my friend
旅立ちの涙を笑顔にかえて

and life is music
悲しみの歌も互いに口ずさめば
夜明けを待つような気分

振り向く場所には想い出溢れて
歩みを止めたら明日が遠ざかるだけ

たった一人じゃ心配だけど
出会いのすべてがときめきと夢模様
花咲くころにこの街を出て
冬をひとつ越え少し背伸びをした
君に会える日を待ってる

so take it easy
幸せこれ以上望むのは
大切なことではあるけど

but life is busy
都会のまぼろしに魅せられて
失くしちゃいけない魂(こころ)のHeaven

この世に生れた理由など無いけど
ああ君は見えない翼で羽ばたくのさ

たった一度の人生だもの
悩み事さえも神様の贈り物
そして一言「元気でいる」と
遠くの空から幼き日のままに
弾む声を聴かせてくれ

たった一人じゃ心配だけど
辛くはないよね 往く道の空模様
挨拶なしにただてれながら
微笑み浮かべて少し大人になった
君が帰るのを待っている

そして抱き寄せて”Hellow My Friend”

私の夢

唐突ですが、私の「なりたかった職業は何か?」と聞かれると、幼い頃は野球選手とか会社の社長とか、警察官など、どちらかというとカッコのいい職業を言っていました。
そして中学生になった頃は、「人の何かを変えて喜ばせたい」という思いから、美容師になりたいと思っていました。
実はそれ以降これといって本気で思った職業はなく、ただ「社会の中で成功したい」「お金持ちになりたい」と思っていただけでした。
そんな私が、いろんな仕事や経験をした30歳の頃、本気でしたい職業が出てきました。
それは「学校先生」でした。
しかもその学校というのは小学生から中学生といった年齢の子供たちにが対象の学校でした。
何故そんなことを思うようになったかというと、自分の四半世紀の人生を振り返り、いろんなこともありましたが、小学3~4年の頃クラスの男子からいじめにあったことが印象に残っていて、その時の担任の先生が私のことを理解していてくれて受け止めてくれていたことが一番大きいと思います。
そして、振り返ってみると、人は社会に巣立っていくために成長する過程の中で、この頃の年代が一番大事なときのような気がするからです。

「教育」それは学校の授業で勉強する「国語・算数・理科・社会」だけではなかったと30歳になってやっと気づいたのです。
人として育つために本当に必要なのは「知識教育」だけではなく「人間教育」だと思ったのです。
よくセミナーや講演会などで話す内容ですが、「教育」とは「教える」ばかりの頭から押さえ込む育て方ではなく、教える側も共に学びながらの「共育」であったり、他者や仲間と一緒になって協力して創りあげていく「協育」が、人として心の通う育て方だと思うのです。
創造するだけでも楽しいでしょ。
「点数がいいから頭がいい。頭がいいから賢い。賢いから偉い」みたいな、そんな劣等感を生むような考え方の教育が問題だとも思うのです。
そして、そのやり方を何の疑いもなく、当たり前だと子供は信じ行動し、親は躾や子育てを学校任せにし、子供たちは何が正しくて何が間違いなのかも分らず、ただ押し付けられた流れの沿い、高校受験、大学受験、そして就職試験と、競争競争の日々を送っていくのです。
そんな経験をした子供たちが社会に出てくるのですから、どんな社会になるのかお解かりしょう。
そして、その子たちは社会に出ても劣等感を感じないようにするため、常に誰かと競争し、勝ち負けを争い誰かに勝たねばならないという競争の人生を送ることになっているのです。
まるでその恐怖に駆り立てられて行動させられているかのようです。

ストレス社会になるのは当たり前です。
このような心の安らぎも自由もなく生き方に何の意味があるのでしょうか。
人間らしい生き方とはどういうものなのでしょうか。

私はこの教育というテーマに疑問を感じ、本来人として大事にしなくてはいけない「心の豊かさ」を手に入れる教育が今の時代に心から必要だと伝えたいのです。

確かに私は落ちこぼれで偏差値の低い学校に行き、高校卒業後ですぐに社会に出た低学歴者かもしれませんが、自由と行動、そして自分らしく生きることを追及し、いまでは社会の中で学んだ経験を生かして充実した毎日を過ごしています。

私の年齢はついに40台になってしまいましたが、現在では一般の社会人や主婦・学生を対象に「コーチングのコーチ」という職業についています。
ある意味、自分が自分の本当にやりたかったこと、「夢」は叶ったのです。

このコーチという仕事は、「その人の才能を伸ばし、自分らしさを磨き、自分に自信を持ってもらう」ということをおこなっています。
私の仕事は、人間としての成長と心の共育をクライアントさんと共にさせていただき、本当に楽しい毎日を過ごしています。
そこには共に楽しく成果を生み出すという大きな喜びと、人間の人生という感動のドラマがあるのです。
そして、「この感動と喜びを一人でも多くの方たちを分かち合いたい!共に育ちたい!」という思いから、本年1月28日に「[特定非営利活動法人 互恵支援ネット」という社旗貢献のための団体を立ち上げました。

「人生死ぬまで勉強!」とある偉人が言われたように、私はこの情熱と信念を持って、さらに「学び」という知恵に磨きをかけ、人と共に喜び、人と共に感動し合える人生をこの団体の中でおくっていきたいと思っています。

 

やりきる

なんでも「やりきる」ということが一番大事だと思うのです。

何事も中途半端に諦めず、「自分にはできない」とか、「下手だから」とか、「苦手だから」とか自分に言い訳をして、結果的に自分の都合がいい方向へ言っていることをしていますか?

これは、誰かを責めたいから言っているのではなく、自分もそんな時があるからです。

プロのコーチだから、教育アドバイザーだからいつも強いわけではありません。

私が言いたい事は,人間誰しも弱い心を持っていますし、時にはそれに負けそうになる時もあるということです。

そんなときに!今の自分の中にあるもの感じ、それを感じたら自分のチカラで阻止させるように頑張ってください。

私もいつもそうやって、自分の「内なる声」に耳を傾けて、自分に正直に生きたいと心がけ、実践していますから!


自立とは、自分で立つことです。

自分でたたない限り、歩くこともできませんし、前に進みませんし、「やりたいこと」や「なりたいこと」などの夢も叶いません。

当たり前にことですが、自分が叶えたい夢を、勝手な思い込みで変わりに誰かがやってくれるなんて絶対にありません。
自分がやりたいこと、なりたいことの夢は自分のものですからね!

ときに、そういう勘違いを去れてしまう方がいらっしゃいます。

そういう方は、ほとんど自分で気がついていないようですが、ここを観れば分ります。

それは、過去を振り返ってみて、自分が歩いてきた行動の結果という「道のり」

実際は行動を観られたら分ります。

自分が動いたのか、誰かが動いたのか。

タダそれだけです。


簡単なことです。


「当たり前のことを当たり前に」などという抽象的で、本当は難しいことを言って一生懸命取り組もうとする前に、もっと簡単なところから「行動に移す」ことから初めてください。

そうしてやりきると、必ずなんらかの成果や結果として、何かが残っていますから!

行動に移した分、しっかりと過去という時間に足跡を野残していますからね。

それが、自分の歩いた道ですから!


これからは、人に引っぱられたからとか、あの人が凄い人だからとか、人の話ばかりをされずに、自分が動いているという視点から物事を捉えてください。

あなたという人が生きていることは、あなたの「人生」そのものですから。

 

和道の心

当たり前のこと、簡単なことを難しくする自分の側にしかいない人。

バランスがいいことが良いと勘違いしている八方美人の人。

自分を守るために人を傷つけていることに気づかない鈍感な人。

自分を被害者の位置に持っていって、悲劇のヒロイン(ヒーロー)を演じて自己満足している人。

相手に合わせてコロコロと態度を変えるカメレオンみたいな自分がない人。

私は興味がないからといって、観てみぬ振りをしながら、ただ傍観者に徹している無気力な人。

確かにそっちの方が、何のリスクもないからラクに生きられると思うのですが、実はこの世で学びが薄い分、
あの世に逝ってから、ずいぶん後悔する人生になるとはコレッポッチも感じてないんでしょうね。

僕からいえば、あーっ、もったいない。

生きてる時間にエネルギーを使い切るから学びがあるのに!

時間は残された命に量なのに・・・。

そして、

学びとは、成功からではなく、失敗からしか観えてこないのに!

自分の失敗を受け入れた分しか成長はないのに・・・。

失敗の数だけ人は成長し、それで何ごとにも動じない不動の心が養えるのに・・・。


和道不動心。

本気になって、信念を持って、偏れば偏るほど本質が観えてくるものです。

物事の本質が分れば、心は揺れません。

 

今日はここまで!

自信って!?

子供の頃、自転車を初めてまたいで、すぐに乗れる人は少ないですね。

ほとんどの人が倒れるか、止まるか、こまをつけるか。

そして、こまつきを練習して、駒をはずして運転できたとき、

駒なんか、そもそもいらなかったように思えるようになってきます。


そんな、無用の用。

おそらく、無用なものなど何ひとつないとおもうのです。

そして、「自信とは」

あるからやる。ないからやらない。と言うもんじゃないと思います。

自信はなにかをやった後からついてくるもの。

やる前から、結果もないのに、やった事のないことに自信があるわけ
ないですからね!

だから、自転車の運転の練習もそうだけど、勇気をもって
やってみるから乗れるようになるのです。

仕事も商売も人生もオナジ、何でもやってからしか分らないし、

自信というものは、なにかをやってみて、失敗して、そして徐々に失敗しなくなる

回数が減ってきたときについてくるものだと思うのです。

とにかく、毎日まいにち、コツコツと行動の結果を積み上げ、

そして一歩一歩階段を登る。


この行動が大事ですね!

信じる

信じることって、そんなに難しいんだろうか?

いくら立派な大僧侶や宗教家でも、神や仏は信じても、人間を信じているのでしょうか?

ある宗教家はこういいます。

「信者はな悩みを持つものたち。
       だから我々がすくってやらねば。」

宗教家は神様ですか?仏様ですか?   何様ですか???

びっくりです。

人としての平等を説いて関わる職の方が、なんということを!

私は思うのです。

真の宗教家なら、信者さんが仮に不幸で不遇なら、一日もはやく幸せな日々を送れるよう祈ることと、必ずそうなることを信じてあげることだと思うのです。

そしていくら大きな困難でも、自分の力で乗り越えられることを信じてあげることです。

いま、自分におきていることから、何かを学ばせてあげることです。

人間には、生きるという責任と、時間というリミットが平等にあるように、人生での学びというテーマも平等に与えられていると思うのですね。

「学んでこそ人。」

しかし、人が人を理解するって本当に難しいことなんでしょうね。

人間とは

人は毎日いろんな出来事がありますね。

苦しいこと。
悲しいこと。
楽しいこと。
嬉しいこと。
これも全部生きてる証拠なんでしょうね!

知っていました?
そんなとき、一人だと寂しいもんですよね。
ひとは人の間にいてこそ人間。

人の間で生きて行くからこそ人間なんでしょうね!
だから、、一人にならないように。

そして、一人じゃないから・・・。

よく、周りを見渡してご覧なさい。

かならず近くに人がいますから!

人間らしくあるのは簡単!
寂しいと思ったら、ひとに自分から近づいて関わってごらん。
話してごらん。

そしたら、人とひとの間に何かが生まれますから!

そのときが人間。
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